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第97回メーデー徳島中央集会開催

NEWS 2026.5.7

第97回メーデー徳島中央集会が5月1日、徳島市で開催された。9時50分に開場し、歌声で雰囲気を高めながら参加者が続々と集まった。10時に開会し、司会の奥浦・徳島県国交共闘議長があいさつを行った。続いて議長団が選出され、徳島建労の西野浩太郎さん、とくしま生協労組の戸島昌代さんが議長団に就いた。

主催者を代表して、県春闘共闘実行委員長の山本代表幹事があいさつし、労働者の団結と要求実現に向けた決意を述べた。来賓あいさつでは、日本共産党徳島県委員会の平岡保人徳島市議、9条の会事務局次長の河村洋二さんが、それぞれ平和と権利を守る立場から連帯のメッセージを寄せた。

議長団が祝電・メッセージを紹介した後、闘いの報告と訴えが続いた。三好市社会福祉協議会での不当解雇を撤回させた徳島自治労連が勝利報告を行い、続いてケア労働者の現場から、徳島県医労連と建交労学童保育支部が賃金・人員確保の必要性を訴えた。

その後、メーデー宣言とスローガン案が提案され、会場全体の拍手で承認された。議長団解任後、徳島建労の船戸書記長が閉会あいさつを行い、最後に山本実行委員長の音頭で「がんばろう三唱」を行った。集会後は徳島駅前までデモ行進し、駅前で流れ解散となった。

参加者は、31団体209人

メーデーの歴史

 1886年5月1日、今から140年前にアメリカの労働者が「8時間労働制」を要求したゼネストを決行したのが起源です。当時は12~14時間労働の長時間労働が普通の時代。労働者たちは「8時間労働の歌」をつくり、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、残りの8時間は好きなことのために」と歌いました。その後、1890年5月1日に第1回国際メーデーが取り組まれ、アメリカやヨーロッパなどで労働者が立ち上がりました。翌年の第2回では、8時間労働制だけでなく、戦争に反対し平和を守る要求も掲げられました。その後、労働条件と生活の改善、平和と民主主義を求める世界の労働者の統一行動の日として、今日まで受け継がれています。

 日本では、第1回メーデーが106年前の1920年5月2日の日曜日、東京・上野公園で開かれました。1万人が参加しています。当時の日本は、労働組合をつくって集会やデモ行進することは「犯罪」とされ、逮捕・投獄を覚悟しての参加でした。私たちの先輩は、激しい弾圧を受けながらも、軍部ファシズムが強化された1936年から敗戦の1945年までの10年間を除いて、毎年メーデーを開催してきました。戦後の1946年に復活し第17回メーデーには、全国で二百数十万人が参加、以後日本の労働者・民主勢力は生活と権利を守る課題と時々の重要な政治課題を掲げて闘うメーデーに取り組んできました。